畏怖と尊敬と嫌悪

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「ほら、おれだよおれ!」 男はわたしに名乗るようなまねはしていないので、まるで詐欺のような口ぶりで男はわたしを引きとめようとしている。 「さあ」 「いやいや、絶対わかってるよね」 ああ、うるさい。 「三秒以内に消えて」 でないと今度は未遂には終わらない。こんな公衆の面前でまさか攻撃してこないだろうとたかをくくっていたのだろうが、わたしの目を見るなり男はヘラヘラした顔を引きつらせた。 「あんたほんと狂ってるよ」 「聞こえなかった?消えてといったのよ」 「べつに今消えてもいいけど、何回でも来るぜ」 「いいえあなたは来ないわ」 そこでわたしは袖に忍ばせていたペンを構えようとしてーー 「おい!そこでなにしてる!」 生活指導の木下だ。雷のような声でかけよってきたかと思えば、わたしの顔をみるなり岩のような顔を引きつらせた。 「し、しのはら。落ち着け」 わたしに説教や、こんなところで問題を起こすわけがない、という固定概念が通用しないことを知っているからか、木下は説得に入ろうとした。 めんどうね。 ここで誰かをやろう。 そう思ったとき、ぐん、と腕を掴まれ引っ張られた。 背の高い男だった。注意が他に散漫していたせいでわたしはされるがまま引っ張られ、あまりの力の強さと、男が大股で全速力をだすのでとんでもない速さに引きずられ、抵抗もできずに走る羽目になった。
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