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振り回されるように角に入り、男はわたしの手を離してへたりこんだ。
「あなた、金髪の男をさんざんに言っていたわりに、馬鹿よね」
ぜーぜーと息をあげてへたりこむ男。瞬発力はあるが体力がないらしい。
「あんな校門前に、あなたのような明らかな下衆がヘラヘラしていたらああなるとなぜ予想できなかったのかしら」
先生は生徒が怪しい男に連れ去られたのにおってこない。相手がわたしだからだろう。
そう遠くではないので、生徒たちがわたしと男を怪訝そうな顔で見ている。わたしがそちらに目を向けると、顔を引きつらせて目をそらしたけれど。
「そもそも、」
と追撃しようとしたところで、わたしは異変に気付いた。
男は胸を押さえてくるしげに喘いでいる。
「……それどころじゃなさそうね。救急車呼んであげるから、もう二度とこんな真似はしないことね。でないと次は救急車が間に合わないかもしれないわよ」
携帯を取りだすと、男は手のひらを向けて「待って」のポーズをとった。
しかし言葉は話せないのか、苦しげに喘ぎながら息を整えている。
ばかみたいに整えられた髪の隙間にみえる額には、べっとりと脂汗が滲んでいる。ここでなら、知らない人でもやさしく声を掛けるものなのだろうけれど、そんなめんどうなことはしない。
「死なれても知らないわよ」
わたしは、半信半疑程度であった、男の心臓が弱いという言葉をもう信じている。
背中を向けようとすると、
「待てよ」
と、呼び止められた。
足を止めてしまったのは、まるで憎悪の塊のような、重くて陰鬱な声だったから。
振り返って、息を飲んだ。
男は顔を上げてわたしを見ていた。
長く顔にかかる前髪の隙間から見える双眸。ああ、まただ。また、あの濃密な死の匂い。
熱くとかされた、鉄のような。
昨日みたときよりも強く、おそろしいと感じた。恐ろしい。おそろしいのに、目が離せない。男の放つその熱に囚われ、動けない。
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