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「つまり無駄って言いたいのかよ」
「よかったわ、猿に話が通じるようで」
男はむくれた。背が高く柄の悪い男がそれをすると、不気味で気色悪いものだわ。
あんたはおれを切らない、と自信満々に言っていたわりに、強硬手段に打って出ないところをみるとまだ確証はないようね。
「俺は引き下がらんぞ」
頑なにむっとした男にため息をがまんできずにこぼした。
「あきれた。死にたくないといいながら、あなた、死がこわくないのね」
「それはあんたが死をもたらすって認めることになるけど!」
男はやけに嬉しそうにいった。つかめない男。非常にやりにくいことこのうえない。
「あなたがそうだというなら、あなたの中ではそうなのでしょう。それがわたしにとって真実がどうかは、あなたには関係ないことよね」
「死がこわくない人間なんかいるのかよ」
「……いるわよ」
すぐさま浮かんだのは雨宮さんの顔だ。あのひとは、生かされている。なにに生かされているのかは知らないけれど。
「いや、あんたは死がこわい以前に、もっと単純なものをこわがってるだろ」
「わたしが?なにをこわがっているというの」
「他人」
「他人?こわくないわよ、そんなもの」
「あんたはこわいんだよ、他人が。だからわざと遠ざけてる」
それは、そうだわ。
そう思い続けてきた。
それが賢い選択だと思ったから。信じたところで、助けを待っていたところで、人はうそをつき、裏切り、他者を見下して、味方ごっこを繰り返す。それは野生で言う食物連鎖のようなもので、わたしはかつて食い荒らされるがわだった。
裏切られ、見下され、ストレスのはけ口や愉悦の対象として踏みにじられてきた。
猛獣、という言葉の意味がようやく理解できたわ。わたしはくだらない小競り合いから抜けるために、逸脱した強者であることを選んだ。
なるほど、猛獣ね。言い得て妙と、このことかしら。
「それがなに?」
否定もせずにいうと、男は肩透かしを食らったように狼狽えた。馬鹿馬鹿しい。なにを論破しようとしていたのか知らないけれど、猿に負けるほど愚かではないわ。
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