畏怖と尊敬と嫌悪

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「あんたは猛獣じゃない。人間だ」 「猛獣、といったのはあなたのほうだけれど。まさか、わたしに変わって欲しいと?」 「そうだ!よかった!猛獣に話が通じて!」 猿呼ばわりしたことを根に持っていたらしい。ここぞとばかりに言い返す男に、呆れる他ない。 「だから殺すなよ。もっと真っ当に生きろよ。その牙はいつか自分を食うぞ」 「真っ当に、ね。それ、笑いをとろうとしていっているの?ちっとも面白くないわよ」 「おれはまじめだよ!みろよこの顔を!」 「あつかましい顔ね」 「うるせーな、ああ?!そうじゃねーよ」 あつかましいといわれたのが本気でいやだったらしく声を荒げた男。帰りたいわ。めんどう。 「路地で二対一で明らかに気の弱そうな男に金をせびって暴力をふるうやつに、真っ当なんて言葉は、まさに矛盾という二文字につきるわね」 「それは、あれだよ。結果論だよ」 痛いところだったのか、男はもごもごと口ごもった。よかったわ、あれを真っ当などという言葉にあてはめるほど低脳ではないようで。 「日本語でしゃべってちょうだい」 「もう察してるだろ。おれは、心臓が悪い」 「そうね」 「でもおれは普通に生きたかったわけ。心臓が悪いからって、なめられんのがやだったんだよ」 「……」 おれ、今からいいこと言います、って言いたげに、わかりやすく真面目な顔をして神妙に語り出した男に、わたしは心底どうでもよくなっていた。 はやく終わらないかしら。 こんな男がおそろしいと感じたなんて、わたしはどうかしてるわ。 「あんたと同じだよ、おれは」 「あなたと一緒にしないで」 不愉快極まりない。 男は一瞬不満そうな顔をしたけれど、わたしの顔を見るなり少し頬をひくっとさせて目を泳がせた。 言いよどんだけれど、男はそれでも言いたかったようで、今度は陰鬱そうに言った。 「弱くなりたくなかった。そんで、威嚇して思いつく限りの強さを身につけてたら、こうなった」 「そう」 「でもだんだんムカついてくるんだよ。こんな、おれみたいなのに負けるやつが、おれより健康で長く生きれるなんて、悔しいって」 「逆恨みじゃない」 「そうだけどさ!あんたもそうだろ?こんなんに屈する猿に踏まれたくなくて、舌切るんだろ?」 「一緒にしないでといったはずよ」
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