或る一夜の過ち

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         長丁場を襲歩しつづけた馬の四肢には、疲労が蓄積されているはずだ――負担をかけてはならない。  男は扉をおもむろに開いた。きい、と不気味な音が耳に不快感を与えてくれる。  闇一色。窓の縁がかろうじて肉眼でとらえられる程度。聞こえてくるのは大地のつづみを打ち鳴らす雨音のみ。  ぬれた外套を引き剥いで、小脇にはさんだ。  くらやみの中、意識の糸をピンと張りめぐらせて、恐る恐る様子を伺いながら部屋の奥へと足を踏み入れた。  みしみしと不気味な音を立ててきしむ床。息を吸えば、かび独特の息苦しさに襲われる。  テーブルの上を指の腹で拭った。おびただしい量のほこりがすくわれた。どうやらここは人の温もりのしない場所のようだ。  椅子に付着したほこりを払い、外套を引っ掛けた。それから上衣を脱ぐ。  じめじめした不快感から解放された瞬間だった。  引き締まった肉体――男であるのにもかかわらず、女神のような美しさと獣のような獰猛さを同時に兼ねそなえている。    
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