絵本の森

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子どもが夕暮れになっても帰って来ないことに気づいた母親は、一緒に遊んでいただろう子ども達に尋ね回った。 皆、知らないと口々に言ったが、ある子が、気まずそうに「森」と答えた。 母親は、血の気が引く思いだった。あの森には、他の人は知らないだろうが、絵本の森がある。あそこに行っている、としたら…。帰って来られる訳がない。 慌てて母親は森へとすっ飛んで行った。 「…ちゃん。まーちゃん。」 絵本を読み耽っているうちに、聞いたことのある声が彼女を呼ぶ。 誰だか解らず、返事をするのを迷ったが、必死に呼ぶ声に「はーい」と返事をした。 とたんに、母親が現れた。良かった、と抱きしめられて、安心した。 ………この森は、母親も幼い頃迷いこんだことがある。普通なら、何事もなく帰って来られるのだが、不安な心を持った幼子がいると、絵本があるこの森へと誘いこまれる。母親も、そうして迷いこんだ経験があった。 多分、目に見える現実の世界ではない世界に迷いこんだことになるのだろう。ここへ来ると、自分が何をしていたのかとか、忘れてしまう。そうして大切なことも忘れていくのだ。 自分も母親が呼びに来て、返事をするまでは、母親のことも家に帰る途中ということも、何もかも忘れていた。 …この子は、返してもらいます。 森に心の中で叫んで、現実世界へと帰って行った。…森は、再び、迷い子を待ち続ける…。
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