鮮血のディスカッション

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「さあ、早く決めてくれ。この子に応急手当てをしないといけないし、それに、急がないと観客席にいるお嬢さんが暴れ出してしまいそうだ」 鳳城の視線が横に動く。そちらを見れば観客席の中段──柳生は開けた大穴のすぐ近くに尻尾が二本に分かれた巨大な化け猫と髪を団子みたいに結っている女教師がいた。 猫の方は関心もなさそうにこちらを見ているが、女教師の方は今にも跳びかかって来そうなほど殺気立って、柳生を睨みつけている。 柳生は答えるのに時間を要さなかった。 視線を前に戻すと同時に、鳳城に言った。 「分かった。"そいつとの『約束』の件は終わった事だし"、そこまでサービスしてくれるなら潔く帰ってやる」 「そうか。物分りが良くて助かるよ」 ふっ、と鳳城が朗らかに笑う。 柳生は魔武器(アーム)を自分の影の中にしまうと、回れ右をする。 「そいつが起きたら伝えてくれ。すぐにまた会いに行くってよ」 「ん。了解した。確かに伝えよう」 それを聞いた襲撃者は堂々と逃げ帰る。 こうして、騒乱の幕は閉じたのだった。 ──そして。 学園にある時計塔のてっぺんですべてを見届けていた者はキーボードをタイプするのをやめた。 ノートPCを横に置き、頬杖をついた長い銀髪の男は溜息をこぼす。 『……さて。こういう結果になったわけだが、我が主の心境はいかがかな?』 そう白々しく訊いたのはPCに組み込まれた人工知能だった。 科学の髄をつぎ込まれたその創造物は、作られた音声で創造主に言った。 『声の波長がすべて教えてくれる。主はどうもこの結果に不満を持っているようだ』 「……まあ、その通りですね。不満とまでは言いませんが、少なくともこの結果に納得はしてませんよ」 『まったく、貴方という人は。いくらクノ少年のファンだからってあのイッシンとかいう男に勝てというのは酷過ぎる。私の計算でも、クノ少年が勝つ確率は一.四七パーセント、絶命する可能性は九八.八三パーセントだった。生き残っただけでも奇跡的だったんだぞ』
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