そして太陽は闇夜に蝕まれ……

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呑まれた炎は混ざり合い、別のものへと姿を変えた。 三メートルはある巨体の獣。強靭な四肢。獰猛な犬歯。火花を散らす鬣。 まるで百獣の王、ライオンだった。 それが緋村に付き従うかのように彼女の後ろに君臨している。 「さぁて、もしこれが子供向けのクイズ大会かなんかだったら、正解したご褒美に何かあげるところなんだけどぉー……あんたさぁ、私がさっき何て言ったか覚えてる?」 じりっ……、と男は苦虫を潰したような顔をして後ずさる。 緋村が何を言いたがっているのか分かったのではない。 これは自衛本能。今すぐここから逃げないとマズイ、と頭の中が緊急避難警告を鳴らしているのだ。 「そっちが何もしないなら私も何もしない。逃がすチャンスもあげる。つまり私が言いたいのは」 緋村は手に持っていたマスクマンを乱雑に男の前に投げた。 ヒュン、ともう片方で持っていた燈女椿(ヒメツバキ)を軽く横へ払い、肩に乗せ、友達に話しかけるくらいの調子で、彼女は言った。 「───もう燃えカスになる覚悟、できた?」 男の中で何かが弾けた。 「ぷ、初唱烙印(プレリュート=ステイグマ)№10:【(ハヤミ)】ィィィ!!!」 叫ぶように詠唱した男は緋村に背を向け、足にありったけの魔力を流し込み全力で路地の奥へ駆ける。 無我夢中だった。六人掛かりで挑もうと隙をついた一撃を放っても緋村に傷一つ付けられなかった。 そして今、彼女の敵意は自分にだけ向いている。 絶対に勝てない。その上、明確に敵視されてしまった。 だから逃げる。地面に転ぼうと、鼻から血を流そうと、どれだけ無様だろうと醜かろうと男は立ち止まらない。 ただ前へ前へと、彼は暗い路地をひたすら走り続けた。 ……そして、男の後ろ姿が米粒サイズまで小さく見えてきたところで、ようやく緋村の口が動く。 「あー、めんどくさ。脱兎の如く逃げてくれちゃって。あんま手間掛けさせないでほしいんだけどなぁ」 嘆息交じりに緋村はパチンと指を鳴らして炎獣を消し、肉体強化系の術を詠唱する。 「初唱烙印(プレリュート=ステイグマ)№10:【速】」 強者と弱者による、容赦のない鬼ごっこが始まった。
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