《三話》赤い薔薇の花束

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 そして以前も連れて行かれた衣装部屋に通されたのだけど、前にはなかった棚が新たに設置されていて、でかでかと『チョコちゃん用』と張り紙がされていた。  それを見て、あたしは思わず後ずさった。 棚の中には数え切れないほどの薄くて細長い箱がみっしりと詰め込まれていたのだから。  お母さま、張り切りすぎでございますわよっ。 「娘ができたらたくさん着物を着せたいと思っていた夢が叶って、とってもうれしいの」  なんて夢見心地で言われたら、嫌なんて言えなかった。 お母さまと一緒にみっちりと二時間はこもっていたのではないだろうか。 さすがに疲れてきたけれど楽しそうなお母さまの気持ちに水をさせず、あたしは我慢していた。  だから那津が機転を利かせてくれなければ、あたしは倒れていたと思う。 「綾子さん、圭季もそろそろ帰ってくると思うし、夕食にしないとチョコちゃんが倒れてしまいますよ?」  助かったと大きく息を吐いたら、那津に笑われてしまった。  圭季はあたしたちがご飯を食べ終わっても、帰ってこなかった。  がっかりしているあたしを見て、那津と綾子さんが慰めてくれた。  綾子さんは遅いから泊まっていくように言ってくれているけど、父も圭季もあのマンションに帰ってくるだろうから待っていたい。 「ああん、もうっ。 圭季ったら、あの子にはもったいないくらいのいい子を捕まえてきちゃったのねっ」  綾子さんはきゅっとあたしを抱きしめてくれた。 綾子さんからふんわりと漂ってくる匂いが圭季にどことなく似ていて、あたしはふいに涙腺が緩くなったのを自覚した。 それを隠したくて、あたしは綾子さんの肩口に顔を埋める。 「チョコちゃん、いつでもいらっしゃいね」  あたしの淋しさを感じたのか、綾子さんは優しい口調でそう言ってくれた。  あたしは唇を一度かみしめ、顔を上げる。 一生懸命、顔に笑みを浮かべ、綾子さんの顔を見る。 「はい、また来ます」  あたしは楓家のリムジンに乗り、マンションへと戻った。
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