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そうなると一時も早く家に帰りたくなって、はやる気持ちを押さえながら駅へと向かおうとした。
構内を急ぎ足で歩き、校門へ。
帰宅する学生があふれていて、活気に満ちている。
そういう光景を見て、ああ、あたしも大学生になったんだなと実感を抱いた。
だけどとある人物のシルエットがあたしの視界に入り、そんな浮かれた気分が急激に沈んでいく。
「あ、いた!」
軽やかな気持ちはみるみる間にしぼみ、先ほどの落ち込んでいた気持ちと鬱々としたものが混じり合う。
あたしは小さく首を振って拒否の気持ちを示すのだけど、相手はまるで気がついていない。
「キミのことをずっと待っていたんだ!」
周りに宣言するような大声でそう言ったのは、入学式当日に駅で声をかけてきた男。
しかもなにを考えているのか真っ赤な薔薇の花束を抱えていた。
芝居がかった男の声に、ざわめきはますます大きくなった。
授業が終わったのにいつまでも学生が校門に残っているなんて、少し考えればありえないって分かるはずだ。
それを学生がたくさんいて活気に満ちあふれているなんてどうして勘違いしてしまったのだろう。
そう思った少し前の自分に向かって説教したい。
校門前がざわついていたのは、男の非常識な行動のせいだったのだ。
男は花束を抱えたまま、あたしへ向かってやってきた。
周りの人たちの視線があたしと男に向けられているのが分かる。
──嫌だ!
あたしはかばんを抱きかかえ、後ずさる。
男はそのことに気がついてないようで、満面の笑みを浮かべて近寄ってくる。
「ぼくの名前は椿──」
「いやあああああっ!」
あたしは耐えられなくて、思いっきり叫んでいた。
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