《五十一話》箱詰めのチョコレート

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「もう、嫌なの」  あたしのその一言に圭季の顔が青ざめた。  今の言い方だと圭季との婚約も含めてすべてが嫌だと取られたかもしれない。  そうではなかったけど、ここで下手にそのことは違うというと話がややこしくなるから続けた。 「ねえ、圭季。あたしたちはいつまで薫子さんにおびえて暮らすの? そんなのおかしいよ。なんであの人の思う通りにならないといけないの?」  今のあたしたちは薫子さんに支配されていると言ってもいい状態だ。 そう思うとさらに怒りが沸いてきた。 「あたしはもう、おびえて暮らすのは嫌」  自分の言葉に興奮してきたのを自覚したけど、止められなかった。 「もっと自由に、だれのことも気にしないで圭季と色んなことを楽しみたいのっ」  あたしのその言葉に圭季は目を見開いてこちらを凝視してきた。 「圭季とデートって、水族館とぶどう狩りしかしてない」  だから、とあたしは続けた。 「今日、圭季が誘ってくれたのがすごくうれしかったの」  それなのにその貴重なイベントを薫子さんに潰されそうになった。 「今まで、圭季たちに守られてきた。臆病だったあたしはたくさんの制約とともに圭季たちの背中に隠れて過ごしてきた」  そうしなければならなかったのは、あたしに色んな覚悟が足りなかったせいだ。  でも今日のことで気がついた。  このままでいいの? と。  こんなに幸せで楽しい時間をあたしは今まで放棄させられていたのだ。 代わりに与えられたのは我慢。 「我慢するのは、もう嫌なの」  気持ちが高ぶりすぎて、身体が震えているのが分かった。 油断したら涙まで出そうだった。  次の言葉を継ごうと考えたけど、頭に血が上った状態ではなにも思いつかない。 そのことがより感情を高ぶらせた。 口を開いたら言葉ではなく嗚咽が洩れそうで、我慢をするために下唇を噛みしめた。 息を吸い込むと、ひゅうっと音が鳴った。  圭季はあたしの頭から手を外すと、ジャケットのポケットをまさぐり始めた。 あたしが今にも泣きそうなのを察して、ハンカチでも探しているのだろうか。 ハンカチなんていいから抱きしめてほしい。
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