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警備の人たちの隙間をすり抜けて、あたしは薫子さんへと真っ直ぐに向かった。
「チョコっ?」
圭季の焦った声。
絨毯を力強く踏みしめる音。
薫子さんも真っ直ぐにこちらに向かっていた。
あたしのことは視界に入っていないみたいで、視線はあたしの後ろにいる圭季に固定されているようだった。
それならば。
あたしは緊張で汗がにじみ出ている手のひらを思いっきり開いた。
薫子さんは目の前に迫っているあたしにまったく気がついていない。
だから左手で肩を掴むと右手を大きく振りかぶり、力一杯、頬に手のひらを叩きつけた。
ぱんっ
とひどく乾いた音の後、手のひらがじんと痺れた。
「チョコ!」
肩を掴まれ、ぐいっと圭季の後ろに押しやられた。
遅れて動き始めた警備の人たちがあたしと圭季を守るように取り囲む。
「…………」
薫子さんは笑顔のまま、固まっていた。
それからおそるおそる左手をあげて頬に触れた。
「な……に」
薫子さんはあたしになにをされたのか、理解できていないようだった。
なにか言ってやろうとしたけれど、言葉が出てこなかった。
【つづく】
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