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あたしたちの間には、妙な静けさが横たわっていた。
薫子さんは頬に手を当てたまま動かない。
薫子さんの頬を叩いた右手のひらはじんじんとしていた。
……人を叩くと、相手だけではなくて自分も痛いということを初めて知った。
だけど叩かれた薫子さんはあたしのこの手のひらよりも痛かったと思う。
薫子さんにされたことは許せないけれど、だからといって叩いていいものではなかった。
人を叩いた痛みを忘れないでおこうと手のひらを握りしめると拳に視線を向け、それから顔を上げた。
薫子さんは頬に手を当てたまま。
手のひらに隠れて見えないけど、頬が赤くなったり腫れている様子はない。
そのことにほっとした。
薫子さんはようやく正気に戻ったのか、瞳に光が戻ってきた。
ぎらぎらとした視線を真っ直ぐにあたしに向けてきた。
「……なにするのよ」
あたしが頬を叩くまでは夢見がちだった薫子さんが元に戻った。
目を見開き眉をつり上げてあたしを睨みつける薫子さんはかなり怖かった。
圭季の後ろに隠れたかったけど、お腹に力を入れて踏ん張った。
ここは女の意地を見せるところよ……!
視線もそらしたかったけど、そらしたくなる気持ちを我慢して必死に受け止めた。
あたしのいつにない強気な態度に薫子さんはさらに怒りを覚えたようだった。
ぐっと一歩、踏み込んできた。
周りがざっと構えたのが分かった。
「あなた、なにを考え──」
「薫子!」
薫子さんの背後から薫子さんを呼び捨てで呼ぶ声。
聞き覚えのある声だけど、だれ?
疑問に思っていると、角からにょきっと赤い薔薇の花束が見えた。
え……っと、あれって。
ものすっごーく嫌な予感がする。
あたしは後ずさり圭季の背中に隠れた。
薫子さんの眼光には耐えられたけど、赤い薔薇の花束は無理。
出来たら逃げたい。
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