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……んだけど。
「圭季、本当にその恰好で行くの?」
あたしは圭季を見て、目が点になった。
「やっぱり駄目?」
「駄目とは言わないけど……。
うーん……」
そこにはあの、だっさい立花先生が。
どこから調達したのか分からないよれよれのスーツ。
髪の毛はぼっさぼさで、どこに売っているのか分からない太めの黒フレームの大きな眼鏡。
だけど少し童顔にも見える整った顔はそれでも隠しきれてないと思うのよね。
見てる人はきちんと見ているし。
なんでも橘製菓に入社はするけど特別扱いしてほしくないから、『立花圭季』として入社することになっているんだとか。
去年一年間のあのだっさい恰好で変な自信がついちゃったみたい。
あたしが単ににぶい子だからだと思うんだけど、なんだかとっても変な負い目というか罪悪感というか、そういうものが心によぎるのですが。
「あの……圭季の気持ちもわかるけど、だますのはどうかと思うのよ」
そこは圭季も少なからずともあたしに対してそういう負い目みたいなものは感じているようで、表情がこわばった。
「最初からありのままの自分を受け入れてもらうのは難しいとは思うけど、普段通りで行った方がいいと思うよ」
「そうか……。
うん、ありがとう」
圭季は少ししょんぼりしながらも洗面所へ行き、髪の毛を梳かし、眼鏡も外して戻ってきた。
スーツ姿を見るのが初めてではないけど、あたしの彼氏にするにはもったいなさすぎる。
あたしが見惚れていると、圭季は近寄ってきて、軽く唇にキスをしてきた。
ちょっ、ちょっと! ふっ、不意打ちのキスはっ!
頭に血が上り、頬は熱を帯びる。
目の前には蕩けるような笑顔の圭季。
「ありがとう。
チョコにはいつも助けられているよ」
圭季の顔がもう一度近づいてきた。
あたしは瞳を閉じる。
キスをされるこの瞬間のどきどきがたまらない。
春休みの間、何度も交わしたキスだけど、何度されても慣れることがない。
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