逆 鱗

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彼らもまた哉の嚇怒に圧され最も注意すべき事を失念していた。 はっとし焦りも露わに難陀たちは風に娑迦羅の風に乗り、哉の気配を探す。 取り残され、高淤の言葉がわからない昌浩達か少し困惑し高淤に視線を送っていた。 『お前たちは知らなかったようだな』 言いながら高淤は人身をとりいつも坐している所へと舞い降りる。 「高淤の神、あの」 昌浩の言葉を高淤が手を挙げて制し、どこへともなく視線を挙げる。その視線を追うと星空だった。雲ひとつなく、三日月が輝く空だった。 「お前達が知りたいのはあの男、哉の事だろう?」 空へ視線を向けたまま高淤は言葉を発する。 昌浩達は視線を送る事でそれに答え、それを感じた高淤は続けた。 「あの男は、軻遇突智だ。いや、火之迦具土と言った方がいいか」 その言い回しに昌浩達は首をかしげた。 軻遇突智も火之迦具土神も呼び方が違うだけで同じ存在の筈だ。 伊弉諾と伊弉冉の間に生まれた火産霊神。その名の通り炎を生み司る神。 それ故に伊弉冉を死なせ父に十拳剣に切り殺された。 「私はその時に生まれた。そして残った炎を託された。お前たち、ここで疑問は湧かないか」 急に投げかけられ昌浩はもとより紅蓮達も戸惑う。 その事実に誤りはない。昌浩だけではなく、人間はそれに何の疑いを持っていない。紅蓮達も同じだ。 「何故死した者の炎が消えず残っている?迦具土は死んだ。ならば炎も消えなければならん。だが炎は確かにここにある」 言いながら高淤は手を正面にかざし、掌に迦具土の炎を顕現させる。 その炎をの輝きは心なしか以前よりも紅く、どこか重い。 「炎がここにあるのならば、持ち主たる迦具土も生きていなければならない。だがもしそうならば今の世界は存在しまい」 この世界はこの世の存在の全てが絶妙な均衡を保ち存在している。 どれか一つでも欠ければこの世界はあり得ない。高淤の言うとおりならば、この世界はあり得ない姿をしている事になる。 迦具土の死から生まれたはずの神々がいるにも関わらず迦具土が生きている。 絶対にあり得ない事だ。 「迦具土は確かに死んだ。十拳剣によって。肉体と魂は分かたれ、両方とも消滅するはずだった」 魂という水を失い損傷を抱えた迦具土の肉体。 肉体という器を失い力をほとんどなくした無力な魂。 消滅の道しかなかった魂と肉体。だが神々でさえ予測の出来ない事が起きた。
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