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「戦はまだ続きます。だから、これから死なせないためにも、今は休んで下さい」
「……ああ」
重い足取りで扉まで歩いて、シスターは自国の王を振り返った。
「リリアーヌ?」
「――はい、なんですか?」
早くも次の書類に目を通していた王は紙面から顔を上げた。暫くそれを見つめて、マフィンは
「いや……早く寝ろよ」
リリアーヌはふっと笑みを浮かべた。
「あなたもね、シスター」
「ああ……おやすみ。遅くに、悪かったな」
……ぱたん、と扉が閉まり、マフィンの靴音が消えていく。執務室は再び静寂に包まれた。そこにふいにトン、と小さな音がした。リリアーヌが執務机に頭を落としたのだ。
「……四割」
四割しか、生き残らなかったなんて……。
――今こそ国王という立場のためあまり戦場には立たないが、リリアーヌもかつては先陣を切り最前線で戦っていた。今だって出る時は全力で、激戦に身を投じることもある。だから戦争の悲惨さくらい身に沁みて知っている。
それでも、何人死なせても慣れはしない。
こういう時、思ってしまう。自分はやはり聖女などではない。ただの殺戮者だと。
きっと元々為政者に向かない気質なのだろう。全体の利のために、一部を切り捨てることがどうしても辛い。
「……四割か……」
言葉にすると、改めて失ったものの重みに押し潰されてしまいそうになる。溢れてくる涙の気配を感じ、自分の下敷きになっている書類を思い出した王は慌てて起きあがり目元を抑えた。
――いけない。自分の一言に命を懸けて戦っている人間がいるのに、自分一人が感傷に浸り、弱さを晒していいわけがない。
「泣いている暇なんか、ない……!」
自分にそう云いきかせ、聖女は再びペンをとる。そして署名しかけた書類が何であるか悟り、彼女のぼやけた視界は自虐的な笑みで更に歪んだ。
――…総勢千名、十日付でルスラン侵略のため進軍するよう……。
「明後日じゃないか……」
――自分は何人殺せば気が済むのだろう。そう思いながら、王は紙の右下に自らの名を書き入れた。
――アザルト連邦国国主、リリアーヌ。
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