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――初めてその兵士を見かけたのは、もう何年も前のことになる。修練場でやたら小さい人影が自分より大きな杖を振り回していた――…というより、杖に振り回されていたのを覚えている。
てっきり兵士の子供が親の持ち物で遊んでいるものだと思ったら、その子供はしっかり修練時に着用する薄い革のチュニックを着て、額に汗を浮かべてそれと格闘していた。暫く面白がって見ていたが、やがて子供の顔が目に入り、そいつが呆れる程若いことに気がついた。
「――おい。オメェみたいな青っ白いチビにまで参戦してもらわなきゃならん程、うちは戦力が足りなかったか?」
そう声をかけると子供はきっと顔を上げて自分を睨みつけてきた。
「青っちろいチビじゃない。がんばって、早く聖女様のお役に立てるようになるんだ」
――やれやれ、と思ったのを覚えている。ここにも女王崇拝者がいたか。
「オメェなあ、役に立つのもいいが現実を見ろよ。オメェとその杖、どっちがデカい?」
これには子供も沈黙した。どうやら自覚があったらしい。その様子にシスターは鼻を鳴らす。
「魔導師志望か?リリアーヌに憧れたガキにしちゃ珍しいな。大抵自分も狩人になると弓兵を目指すもんだが」
子供はむっと口を曲げた。
「最初はそう思った!でも、弓だとそのしゃていはんい以上のものは守れないから、同じじゃなくてもえんきょりこうげきができる魔導師になるって決めたんだ!それとリリアーヌ様を呼び捨てにするな!」
その言葉にマフィンは軽く口笛を吹きそうになった。
「なんだ、意外と考えてるんじゃねェか」
「バカにするなっ」
ぷんと拗ねた幼い顔が、死人を見慣れた目にどこか微笑ましかった。自分を恐れずにぽんぽんとものを云ってくる子供も珍しい。
「なぁ、オメェなんていうんだ?」
問うと何故か子供は更にぶすくれた顔になった。
「なんで?」
「知りたいからだ。云わないならチビだ」
「!チビじゃないっ!」
「いや、どう見てもチビはチビだな。そう呼ばれたくなかったら名前を云え」
子供はくっと歯を食い縛っていたが、やがて根負けしてぼそっと呟いた。
「リル」
嫌がるからどんな名前かと思いきや、短いな、と彼女は思う。
「リルか。ま、初陣で死なねェようせいぜい頑張るんだな、リル」
「云われなくたってそうするや!」
その素直な反応が面白くて、くつくつ笑いながら修練場を後にした。
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