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……そこで記憶が大分抜け落ちている。この後の出来事といえば、ある日の閲兵式でたまたまリルをみかけて、マフィンはリルが女であったこと、リルはマフィンが将軍であったことに互いに度肝を抜かれたことが大きかったか。
「てかオメェの名前リルじゃねェじゃねェか!」
「マフィ――じゃなかった将軍だって自分が将軍だって全然教えてくれなかったじゃないかっ!――ですか!」
この頃になると本当はリルではなかったリルも大分背が伸びて、きちんと杖を扱えるようになっていた。いつしか習慣になっていた修練場での稽古で互いの隙を探しながら二人は叫び合った。
「いい加減知ってると思ったんだよ!」
「はぁ?んなことちっとも知りませんでしたよ!私の中ではずっと稽古邪魔してくる口うるさい角の人でしたよ、小さい頃から!」
「な、オメェ!上官に向かってなんだ!」
「生憎と今まで知らなかったもので!」
ぐぬぬぬぬっ、と二人は歯を食い縛る。
「紛らわしいだろ本名名乗れ!」
「じゃあ本職名乗れってんですよ!」
――二人して息が切れ、低次元な云い争いを一通り終えて落ち着いた頃に、マフィンは改めて訊いてみた。
「なぁ、オメェの本名はなんなんだ?」
リルはその質問にもんの凄く嫌そうな顔をした。
「いや、表情じゃなくて言葉で返事しろ。云いたくないのは分かったから」
「……ちっ」
「…………」
いや、ほんとうに、この自分に対してここまでな人間も珍しい。
「…………」
「…………」
「…………………………」
「……………………………………………………」
「……ああも……リリアです」
観念してがしがし髪を掻く少女のその言葉をマフィンは意外に思った。
「なんだ、普通な名前じゃないか」
そう云ったらくわっと噛みつかれた。
「一体どこがですか!ほら、リリアーヌ様のお名前に無駄によく似てるでしょう?畏れ多いし、恥ずかしいです」
「だからずっとリルを名乗ってたのか?リリア……俺はいいと思うけどな」
リルは血相を変えた。
「とんでもない!これからも絶対リルで通して下さいよ」
「そんなに嫌か」
「死んでも嫌ですよ。一兵卒が国王陛下の名の一部を名乗るって……不敬罪とかじゃないですか?」
「あいつは気にせんぞ?」
それでも、いいんです、と彼女は結局譲らなかった。
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