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「レン! あまり遠くへ行ったら駄目よ!?」
俺の名を呼ぶ懐かしい声。優しく、柔らかく、透き通るような声。
「母さん! 大丈夫だよ! ほら!」
碧い双眸の幼い少年は、母親へ自慢するようにわざと大きな岩に登ってみせる。
緑が青々と茂る小高い見晴らしのよい丘。初夏と思わしき爽快な風が吹いている。
丘の頂上には大きな木が一本。どっしりと、丘から眼下に広がる景色を見守るように聳えていた。
丘のすぐ近くには豪華な屋敷があり、そこでは様々な人々が忙しく出入りしている。
(これは夢なのだろうか?)
ふとそんな事を思った。
あの幼い少年は間違いなく俺だ。
幼少期は母の実家で暮らしていたと、樹さんに聞いてはいたが俺には当時の記憶が殆ど無い。
「あ! 危ない!」
「うわっ!」
幼い俺は調子にのったあまり、登っていた岩から足を滑らせた。
しかし、どさっという地面に接触する音はしない。
「あ……ピン!」
「レン大丈夫かな?」
幼い俺は長い黒髪が象徴的な女性に受け止められていた。
(いつき……さん? でも──)
幾分か若くはあるが、声や容姿は自分の良く知る人物だった。
ある一カ所を除いては。
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