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呆けたような顔で立ち止まるアーサーの脳内では、すでにめくるめく妄想が繰り広げられ始めていた。
彼の脳内に何処からともなく現れた、漆黒の目と髪をもつ たおやかな雰囲気の小柄な青年は、その身に纏う衣装を七変化、もしくはそれ以上にころころと変化させ、そしてその度にアーサーの名前を呼んでは消えてゆく。
その姿はハロウィンらしい黒猫の衣装だったり、彼と同じ雰囲気をもつ彼の国特有の民族衣装だったり、純白のウエディングドレスだったり、漆黒のエナメルのボンテージスーツだったり、赤線…とにかく変化の回数を重ねる毎に非現実的、かつ非常識になっていく。
アーサーの秘めたるもう一つ目的、それは漆黒の青年の衣装姿をしかとこの目に焼き付けることだった。
そのため彼は毎年世界各国の仲間を誘いハロウィンパーティーなるものを企画し、青年に公的にイロモノ衣装を着てもらおうという魂胆でいた。
待ちきれないでいる今この瞬間、妄想はその気持ちの先走りであろう。
「…ふふ」
にやと笑いながら立ち尽くす彼の脳内で今、漆黒の青年は一体どんな姿になっているというのだろうか。恐らく、よからぬ姿になっていることだけは確かだ。
「っ…ちょ、駄目だって、こんな所で…!…はぁ…分かったよ、お前には勝てないな。ほら、可愛がってやるからこっちこいよ…」
彼は本格的に妄想の世界へ入りはじめようとしているらしい。しかし彼の幸せな妄想時間はすぐに他者の介入によって終焉を告げた。
「俺も好き…っぃだだだだだ!!っおい、止めろって!引っ張るな!!」
突然彼が首を傾け痛がり始めた。どうやら姿の見えぬ何者かに顔の何処かを引っ張られているらしい。
ひとしきり引っ張られた後、彼は自分の頬を不服そうに摩っている。
「…んだよ……そんな目で見んなよばかぁ!」
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