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あの催事場で、由美子が夢心地で座り続けていたことを。
由美子はティータイムを切り上げて、夕食の支度に取りかかった。好物のメニューを揃えて孝夫の帰宅を待った。
「あなた、ありがとう。これね、本当は欲しくて堪らなかったの」
「だろ? この前、由美子が座ったまま、しばらく動かずにいたから、よっぽど欲しいのを我慢してるんだろうと思ってさ。俺の貯金で半分払って、残りはボーナス一括払いにしたよ。いいだろ?」
「うん、うん。それでいい」
由美子は早速、三面の鏡の前に座り、口紅を引いた。
「ボノローン。おどろかなくていいんだろん。おいらが助けてあげるんだろーん」
孝夫が優美に絵本を読んで聞かせると、娘は嬉しそうに目を輝かせて、ボノロンの絵を指差した。
孝夫は、まだ気づいてはいない。
あれは本当だった。
キッチンに掛けられた目の形をした時計に孝夫が気づくのは、しばらく先のことだろう。
『お客様……時計というものは実はお客様の生活の内容を変える不思議な力があるのです』
あの時計売り場の係員の言葉は本当だったのだ。
―了―
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