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あれは確か私が高校受験を控えた時だった。
致命的におバカさんだった私は、高校には行かず働くと半ば投げやりに考えていた。
母さんにも、担任の先生にも…何を言われても説得できなかった私の固い意思をねじ曲げたのは他でもない夜彦だ。
『お前が高校行かないで働けるなら、僕が明日ノーベル賞をとっててもおかしくない』
根拠も理屈もへったくれもない夜彦の言い分だったけど、夜彦がノーベル賞をとるくらい中卒っていうのが厳しい事だと知った。
「織枝?聞いてる?」
思い出に浸り過ぎて電話している事を忘れていた。
耳元でやかましく騒ぐ潤ちゃんに平謝り。
やれやれと、またため息をついた潤ちゃんは、それでも最後には優しく言ってくれた。
「夜彦君に会えるといいね」
私も心からそう思う。
でも、もしかしたらもう夢を見るのは無理なのかもしれないと思い始めていた。
あの時私の願い事を叶えてくれたけど、あの日以来叶う事はないから。
仕事を終えて外に出ると、重い空から大粒の雨が降っていた。
雨なら尚更都合がいい。
空気が濃くなって、その分感じられない気配も感じられると思うから。
傘に当たる雨のリズムが心地よく響く。
私は八代亜紀の『雨の慕情』をハミングしながら公園を目指した。
公園はあの頃と全く変わってなくて、今にも夜彦が現れるんじゃないかという錯覚に陥る。
私が死のうとしていた場所であり、もう一度頑張ってみようと決意した場所。
夜彦の言葉は一言だって忘れた事はない。
生きる事に資格なんかない。
生きて責任を取れ。
生きて幸せになれ。
あの日から私は全力で生きてきた。
泣いてしまう日もあったけど、それでも笑顔で生きてきた。
生きて幸せになれ。
それが夜彦の言葉だから。
でもね。
私には夜彦なしで幸せになる道なんかないんだよ。
だから迎えに来てよ…。
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