唇音

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 私達はただひたすらに行為を繰り返した。  そこに、彼女のどのような心情が溢れていたのか、私は知らないし、知りたいとすら思わなかった。知ったところで私は彼女を愛すことができるだろうか。  私は長きに渡ったその行為の間中、彼女が早く疲れて早く眠ってくれることだけを祈った。  彼女が寝入ったのを確認すると、緊張が解け安心したためだろうか、それとも目的を達成したためだろうか、疲労感が私を襲った。 前述を訂正しよう。目的を達成したわけではない。寧ろここからが私の望んでいたことだ。  私は、彼女の隣にそっと横たわると、耳を彼女の唇のすぐそこに持っていった。  電車の中で聴いていたより大きな音をたてている。耳を近づけなくともはっきりと聴こえるだろう。  私はこの時、頑張った甲斐があったと少し嬉しくなった。  しかし、決して耳を唇から離したりはしない。より鮮明な唇音を聴いていたいのだ。
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