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電話ごしに聞き慣れた声は、普段と同じ調子で悪魔の言葉を言い放った。
「別れましょう」
どうしてとか。なんで、とか。ふざけんな、とか。
とっさに思いついたのはそんなうわごとだけ。狼狽えるだけしかできない俺はそれすらも口に出すことができない。
それほどまでに予想すらしていなかった唐突過ぎる発言だった。
「大丈夫よ、私はあなたを嫌いになったわけじゃないのよ」
「そう、か」
「急な話で悪いと思ってはいるわ。だけど私にも事情があるの。脳みその容量が十数ccしかないあなたに理解を求めるのは私としても心苦しいところね」
「俺は蛙か」
「私は誰にも縛られない人生を歩んで行きたいのよ。そして世界中に私の名前を轟かせるの。ネットでだけど」
それってただの電波女じゃねーか。いや違う。そこじゃなくて。
なんだよそれ。
……別れようって、なんなんだよ。
彼女はいつもと同じ口調で話すのに、俺だけが言葉を失っている。会話を繋ぐ言葉を俺は必死に探すが見つからない。
「……あのさ」
ようやく口に出したうだつの上がらない呼び掛けも、後が続かない。
「ごめんなさいひーくん。今月通話料がやばいのでもう切るわ。じゃあね」 そして一方的に会話が終了する。脳が一時停止して、思考が再起動。
俺との別れ話は通話料以下なのか、と。あまりに平凡な理由で通話を切られたことが微妙に深く心を傷つける。
続いたままの規則的な電子音に泣きたくなった俺は、涙腺からこぼれ始めた涙と共に倒れるよう横になった。
ベッドの角に頭をぶつけて痛みにもがく午後五時ジャスト。空飛ぶカラスの鳴き声が嘲笑にしか聞こえない。
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