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昇降口の手前、校舎の日陰で三毛猫が寝そべっていた。俺が近づくと猫の顔が気怠そうに起きあがり、面倒くさそうな瞳が向けられる。
「おはようございます柏原さん」
俺の挨拶を無視して柏原さんは首をコンクリ床に落として瞼を閉じた。波打つ腹を撫でて昇降口に入る。
下駄箱で靴を上履きに履き替えようとするが、上履きの先端の奇妙な膨らみと確かな悪寒に気付き、つかさず中を覗き込む。
「おいおいあのバカ、マジで勘弁してくれよな」
上履きをひっくり返すと画鋲、ではなく生け花用の剣山が落ちてきた。喜陽の仕業に間違いない。ただヤツはこれをどこから持ってきたのだろうか。
「……おは」
仕返しに喜陽の靴に剣山を突っ込んでいると、そいつはいつの間にか俺の隣に立っていた。
肩口で切り揃えた黒髪に黒水晶の瞳。身体は細く小柄で、表情は見ているこっちが陰鬱になるほどに暗いこの少女。
「今日のヒーロ、死にたそうな顔してる」
「お前にだけは言われたくない」
俺の幼馴染みであり、腐れ縁二号である南奈 善は血色の悪い口元を儚げに綻ばせた。
「今日はいい天気。わたしを殺して」
「ふざけんな」
「じゃあヒーロが」
透き通る微笑みを浮かべ、善は肩掛けのエナメルバッグに流れるような仕草で右手を滑り込ませ、一瞬後に彼女の右手が俺の喉元へと鈍色の光を走らせていた。
それが喉に突き刺さる前に手持ちの鞄で叩き落とす。床に落ちたのは包丁だった。
「どうしてこんなもん持ってやがる!」
「ヒーロを殺したらわたしも死ぬから大丈夫。寂しくないよ」
その言葉は冗談ではない。あまり軽くないとある事情から、善は俺に殺されるか、あるいは俺を殺して自分も死ぬかのどちらかを求めている。数ヶ月前に一度刺されたこともあるので本気である。もちろん俺は殺す気も殺される気もない。
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