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「ご注文はおきまりですか?」
ふと喫茶店の店員に声をかけられ現実に戻る。
いつも座っていた窓際の席からは、大学生の姿が多々見える。
彼らもいつかの僕たちのように、日々毎日を充実させ送っているのだろうか。
「コーヒーを。ひとつ・・・」
店員と目も合わせず、肩肘をついて、店内を見回す。
あの頃と変わらず店内には雑誌も置いてあるし、少し古びたソファもある。
変わったのは僕だけかもしれないという錯覚に陥る。
時計の秒針も、
壁に残ったほんの少しのシミも
何もかも。
僕たちも、こんな風に何も変わらず毎日を送っていくと信じていた。
「お待たせいたしました、ホットコーヒーです」
そう言われ差し出されたコーヒーは湯気をあげ表面はつやつやと輝いている。
それをただ静かに僕は眺めた。
するとポケットで携帯が震えた。
ゆっくりと携帯を開き、耳に当てる。
「もしもし?寛人くん?」
「こんにちは、おばさん」
急に耳が遠くなった感覚になる。
耳から聞こえる声すべてを遮断したくなる。
「もうすぐ、あの子の3回忌なんだけど、寛人くんは無理しなくてもいいんだからね」
相手はとても、とても優しく言った。
この時期になると必ずこの相手からの電話が鳴った。
「いえ。今年も行きます。行きたいので」
「そう…ありがとう、毎年」
そう言ったあと、他愛無い会話を少しして静かに切った。
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