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辺り一面、血の海だった。
床には血溜まりが出来ていて、壁は返り血で元の色がわからないほど汚れている。
彼は、ただ、呆然と目の前の惨劇を見つめることしか出来なかった。
自分達の命を奪おうとした刺客と、自分の命を守ろうとしてくれた近衛兵の亡骸が、累々と転がっていた。
少し離れた場所で、最後の刺客と対峙する父がいる。父の服は、刺客と自分の血で真っ赤に汚れていた。
満身創痍の二人は、互いのスキを伺いながら、全く動かない。
「父上!」
静寂に耐えられなくなった彼が、声を上げた。
その瞬間、二人が動いた。それは、刹那の出来事だった。
刺客の首が飛ぶ。敵は、声も立てずに倒れたが、目的は忘れていなかったようだ。
父の腹には、深々と剣が突き刺さっていた。
「父上!」
彼が父の元に駆け寄ると、父は心配そうに息子を見た。
「無事か?」
彼が頷くと、父は壁にもたれながら色を失った顔で微笑んだ。力のない笑顔だった。
「私は無事です。それより、父上の治療を……」
彼の言葉に、父は苦笑いを浮かべた。
「それは、無理だろうな」
父の瞳から、いたわるような色が消えた。
「お前は逃げなさい」
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