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「嫌です!私はここにいます!!」
父の呼吸が次第にゆっくりになっていく。
「駄目だ。お前だけは生き残ってくれ」
彼は幼い子供のように、いやいやと首を横に振った。
父は真っすぐに彼の瞳を見つめた。
「私はもうじき死ぬ。これは、私の遺言だよ。私の弟を怨まないでおくれ。あれは、愚かで、弱いのだよ」
声が小さくなっていく。言葉を紡ぐのは辛いだろうに、父は言葉を続けた。
「民のことも、恨んではいけない……私達は、民を……愛さなければ、いけないのだ」
父は震える手で、指にはまった古い指輪を抜いて、彼に差し出した。
「今から、お前が王だ。民を……頼んだぞ」
彼の掌の上に、指輪がことりと落ちた。小さな指輪のはずなのに、それはとても重く感じられた。
咄嗟に返したい衝動に襲われたが、僅かに開いている父の目を見て彼は決意した。
「わかりました。必ず、良い王になってみせます。だから、死なないで下さい!私を一人にしないで!」
彼の瞳から、涙が溢れた。それは止めどなく、彼の頬を伝って落ちた。
血塗れの手をそろそろと上げて、父は彼の頭を撫でた。
「すまない……その願いは、聞いてやれそうに、ない」
ゴホゴホと父は血を吐いた。
「お前の成長する姿を……見たかった、な。愛しているよ、………」
優しく、そして悲しげに、父は微笑んだ。
「どうか、健やかに―――」
言葉が途切れた。父の手が力なく落ちる。
「父上?」
彼は父の体を揺すった。父は目を開けない。
「父上?」
父は穏やかな微笑みを浮かべたまま、彼の声に答えてはくれなかった。
彼は、無意識の内に、指輪を強く強く握り締めた。恐怖が彼を包み込む。喪失感が彼の胸を貫いた。
彼は、父にすがり付いた。
「ぅ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙!!」
行き場のない怒りと悲しみが、獣のような叫び声となって辺りに冷たく響いた。
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