錆びれゆく街

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フィルは、前回ティーレに黙って長期のクエストから帰った後に、ティーレに死ぬかと思うほど追いかけ回された。ティーレの双剣が頭すれすれを通りすぎたのを、今でもたまに夢に見る。 夢という単語に、フィルは先ほど見ていた悪夢を思い出した。 「なぁ、マティエ。俺、寝てる時に何か言ってた?」 「さあ?ウンウン唸ってばっかだったぞ」 「そう」 フィルが起き上がると、マティエも椅子から立ち上がった。 「先、降りてるぞ」 「ああ」 マティエは開けっ放しの扉をくぐると、不意に振り返った。 「そういえば、一言だけ『父上』って言ってた」 それだけ言うと、マティエは一階の酒場に降りていった。 残されたフィルは、開け放たれ扉をぼんやりと見つめながら、無意識に胸元の服を握り締めていた。 フィルが着替えて一階に降りると、タイラーが待ちわびたように駆け寄って来た。 「遅いぞ、フィル!」 「何急いでんだ?クエストは明日だろ」 「そうだけど、今日一応顔を見せとけってマスターが……」 タイラーの視線を追って、フィルはギルドマスターのジウスを見た。 ジウスは短く刈り込んだ髪と、厳つい顔とは対象的な、一目で女物とわかる花柄のワンピースを着ていた。ジウスは俗にいう、オカマである。 彼女はクーパー・ジウスという男らしい名前の持ち主であるが、話し出せば顔とは不釣り合いな女言葉で話す。本人はマリアと呼べと言っているので、ギルドのメンバーは、大抵マリアと呼んでいるが、フィルはジウスとしか呼ばなかった。
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