人の深淵

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「……お前を殺すこと。それが両親のためだと考えていた。それが私自身のためだと思っていた」 澄久を前にしたとき、脳裏に両親の姿が貼りついて離れなかった。 澄久を殺すことが両親への供養になる。 そう、信じていた。 それこそが自分の使命だと信じて疑わなかった。 「今だって、お前のことを許せない。私の全てを奪ったお前を呪いたくて仕方がない」 刀を構え直す華里奈。 「だが……父と母は最期までお前を息子として気をかけていた。確かに父は道を踏み間違えた!それでも……できればお前を叱って、連れ戻して、また家族として、生きていきたかったんだ!お前だって初めは家族のことを想える兄だっただろう!」 多額の借金があった。 父は違法賭博に手を染めてまで借金を返そうとした。 それに失敗した途端、父と母は澄久に黙って息子の就職後に金を毟り取ろうとした。 だが……澄久は元々、家族のために借金返済に協力するつもりでいたのだ。 望みは同じ。 ただ、運が悪かった。 道を踏み違えた両親。疑心が募り、大きな過ちを犯した息子。 話し合えば解り合えた筈なのに、その機会を待たずして家庭が崩壊した。 「皆、根底には確かに“家族の幸せ”があった!ただそれを……綻びが綻びを呼んで、共有することができなかっただけだ!」 そして、今までの自分がどうだった? 両親のためと言って憎き兄を殺そうとした。 それは 家族を 息子と娘を愛した両親への 裏切りでは? 「私は父が、母が、かつてのお前が持っていた願いを大切にしたい。もうお前に…………復讐のための刃は振るわない」 先程澄久は華里奈に、ようやく自分自身の刀を振るえるようになったと言った。 「通りで、殺意のないなまくら刀を振るっている訳だ」 華里奈の斬撃には決定打が1つもなかった。 殺すつもりのない……コミュニケーションとしての斬り合い。 上辺の言葉ではない。真意を知るための対話。 知りたいのだ。兄のことを。 兄は本当はどうしたい?家族のことをどう思う? 少なくとも華里奈には対話の余地があると思っている。 何故なら 「お前こそ、何故私が避け、凌ぐことのできる斬撃しか振るわない?」
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