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小夜を起こさないようになるたけ音を立てずに部屋を出れば、冷たい空気が頬を舐めた。5月の終わりとはいえ夜更けはまだまだ冷える。
僅かばかり残っていた眠気すらすっきり綺麗に吹っ飛んでしまい、土方は眉をひそめた。
さて、どうしよう。
厠に行くつもりで部屋を出たのだがその気も失せてしまった。いつから自分はこんなにものぐさになってしまったのだろう。
はぁ、とため息をついて廊下に腰掛ける。やけに明るいと思ったら今日は満月だったようで、低い位置に来ているもののぽっかり空いた空の穴が決して暖かくはないけれど優しい光を振り撒いていた。
その美しさにしばらく見とれる。頭の中にはもう三つも句が浮かんでいて、ちょっと気分が良くなった。
土方の趣味は句を読むことだ。しかしド下手なのでよく沖田にからかわれるのだが、好きなものは好きなのだから仕方がない。自前の句集まで作っていて、雅号は豊玉。
豊玉発句集は自室の引き出しの一番下の奥底にこっそり隠してある。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
「……へっくしゅッ」
気づけば体が冷えきっていた。
「だーくそっ何か上に着てくりゃ良かった」
風邪なんて引いたら執務に支障が出る。多分小夜が看病してくれるだろうからそこんとこはちょっとそそられるが、そんな不純な動機でわざとこのまま風邪を引く訳にはいかないだろう。
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