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エレベーターから降りたあたしは「中央出口」という文字を見つけ、歩みを速めた。
右手でキャリーを引きながら、改札まで辿り着き、なんとか「中央出口」という場所に身を置いた。
携帯を取り出し、きょろきょろと視線をさ迷わせ、さて、どうしようと思った瞬間だった。
あたしの左肩に、後ろから誰かの手が置かれた。
「蘭子…さん?」
テレビで聴きなれたお笑い芸人のようなイントネーション。
「あ、ちゃう?」
グレイのジャケット、黒のパンツ、ワックスで立たせている髪の毛。
目をパチクリとさせているこの男性は、間違いなくアツシだった。
『いえ!蘭子です!はじめまして…なのかな?』
あたしは控えめに笑った。
アツシもそんなあたしに合わせて笑う。
「ほんまに来るなんてびっくりしたで~」
『ですよね?』
「まぁ、オレも会いたい思てたからええねんけどな…」
アツシが恥ずかしそうに頭を掻く姿が、なんとも可愛らしかった。
あたしが想像していた「アツシ」とは、ちょっと違ったけれど、こういう人もありかな?と思った。
なんせあたしたちの絆は5年越しなのだから…
『あの…本当にいいんですか?』
あたしはキャリーに視線を落とした。
「そんなこと言ったって、自分ここまで来てるやん!」
アツシがけらけらと笑う。
これが関西人のノリで、いわゆるツッコミなのだろうか。
あたしは変なところで感激し、でも、あたし、どこでボケたのかしらと考え込んだときだった。
アツシがあたしのキャリーをひょいと持ち、歩き出したのだ。
「行こか」
『あ、はい!』
あたしは、アツシのあとを追いかけ、左側をキープした。
初めて会ったアツシの左側は、なぜだかとても落ち着いた。
それはマサルのそれでもない、不思議な落ち着きようだった。
この人こそ、あたしの探し求めていた人だ…
あたしは、運命の歯車が着実に噛み合っていくのを感じた。
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