【本編】

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マサルの薬指に、あるべきものがないのだ。 付き合い始めて3ヶ月のある夏の終わり… 初めておそろいで買った、あたしとマサルのペアリング… がマサルの指にない。 こんなことは今までに1度もなかった。 もしかしたら… あの噂は本当なのでは… 数週間前、会社のトイレから出ようとしたときに、たまたま耳にしてしまったあの噂話を、あたしは思い出した。 それは、受付の川崎という女がマサルを狙っていて、あたしから奪おうとしているという話だった。 話の内容が内容なだけに、あたしはトイレの個室から出られなくり、鏡の前でいつまでも井戸端会議を開いている同僚たちが去るのを、ひたすら待っていた記憶がある。 そのときは、たかが噂話だとスルーしたのだけれど… 「蘭子?食べないの?」 DVDの一時停止ボタンを押したかのように、動きが止まっていたあたしに、マサルが話しかける。 『あ、うん、食べるよ…』 あたしは震える指を抑えながら、フォークとナイフを手にし、キッシュを一口大に切り分け口に運んだ。 残念ながら、キッシュの味なんて少しも入ってこない。 不思議そうに見つめるマサルに、あたしはなんでもないよという風に軽く微笑み返した。 それでも頭の中は、マサルの薬指とあの噂話のことでいっぱいだ。 今日のマサルの様子がおかしいのも… きっと… いや、絶対… あたしの中の疑念が確信に変わる。 これからあたしは… マサルに振られるのだ。
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