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――人間ってね。努力すれば何でも出来るの。
夜之坂 歩(ヨルノザカ アユム)がそう言ったのは、いつだったかは良く思い出せないが、朝之坂 降(アサノザカ クダリ)は確かにこう返した。
努力したら、空も飛べるのか?
疑問と言うよりはただの屁理屈に近かったが、彼女は嫌な顔もせずに都合良く上空を飛行していたヘリコプターを指差して言った。
もう飛んでいるじゃない。
その後も降は、じゃあ手から火を出せるのか? 一時間呼吸を止められるのか? 等と噛み付いて見せたのだが、
掌にナイフで切れ目を入れて、ドライバーかなんかで傷口を広げてライターを埋め込めばいいじゃない。
首吊りでも飛び降りでも死ねば良いのよ。そうすれば一時間処か永久に呼吸を止められるわ。
と、半ば屁理屈気味な解答を得られた事を覚えている。それから暫くの間、彼女の機嫌が悪かった事も。
その時は、生理か? とからかった結果、頬を力一杯殴られたものだが、今思えば明らかに原因は自分にある。
記憶が曖昧だが、あの時の自分は何かに挫折し、何かを諦め、何もかもがどうでも良く感じていた。
――人間ってね。努力すれば何でも出来るの。
彼女の言葉は、そんな自分への言葉だった筈。それを屁理屈で返し、その為に機嫌を損ねた彼女に配慮の無い言葉を掛けては殴られて当然か。
降はたった今返された期末テストの結果を。もっと詳しく言えば赤文字で刻まれた点数を見て思い出した記憶に、まあお互い子供だったって事だよな。と、都合良く終止符を打つことにした。
そして、降は思考の片隅で静かに訂正した。
ーーだった、のでは無い。
自分があれからどれだけ成長したのかは別にして。
ーー夜之坂 歩は、今も子供のままなのだ。
少なくとも、降の記憶の中では。
彼女は、三年前に。
中学一年生の初夏に、姿を消してしまったのだから。
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