4人が本棚に入れています
本棚に追加
夜之坂 廻の甲高い悲鳴が赤く染まった空の下に響き渡ったのは、三年前の初夏。
ハンドボール部に所属していた降は練習で空腹になった腹を抱えて足早に帰宅し、外まで漂って来るカレーの匂いに、腹を鳴かせながら家に入ろうとしたその時。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 」
聴覚を突き刺さる様に刺激したその声が誰の物か、降は瞬時に理解し、鞄をその場に放り出して夜之坂家の敷居を跨ぎ、玄関のドアを乱暴に叩くが返答は無し。ドアノブを回すと幸いにも鍵は掛かっておらず、躊躇無くドアを開き中に飛び込んだ。
靴を脱ぎ捨て、明かりが灯っているリビングに向かうと、キッチンで立ち尽くす廻が居た。
「廻ちゃん! 一体何が……」
廻の無事を確認し、安堵の息を吐きながらそう声を掛けたが反応は無く、ただ俯いていた。
「廻ちゃん? 」
怪訝に思った降は廻の側に行き肩に手をやった。
「……くだりちゃん」
漸く反応を示した廻だが、顔は下を向いたままだ。降は彼女の視線の先に目をやると、絶句した。
そこに在った物は、液体。
赤く、大きな水溜まり。
真っ白な床を侵して行くそれが何なのか、降は徐々に理解する。
ーーこれは、血だ。
ーーでも、一体誰の……?
降が賢明に思考を働かせようとすると、それを邪魔するかの様に火に掛けられたままの鍋から水が吹き零れ、音を立てる。
それに釣られて顔を上げると、切られたままの野菜や、肉などが視界に入った。そこで降は教室で交わした歩との会話を思い出す。
『今日は私が夕飯を作らなきゃならないのよね。お母さんはPTAの集まりで居ないし、お父さんは残業だから』
『へぇ。何作るの? 』
『それで私も悩んでてね。廻にリクエストは何か無いか訊いたのだけれど、お姉ちゃんのなら何でも良いって言うのよ』
そう言うのが一番困るんだけどなぁ、と何処か嬉しそうに話していた。
嫌な汗が頬を伝った。
熱気に包まれたキッチンは蒸し暑い筈なのに、寒気がする。
いつの間にか、体だって震えている。
それでも、落ち着け! と自身に命令を下し、廻に、歩は? と問う。彼女は朱に染まった床を見つめたまま、
「……ちゃった」
「……えっ?」
「お姉ちゃん……居なくなっちゃった」
そう、答えた。
最初のコメントを投稿しよう!