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「…ヒロ?」
突然、名前を背中に呼び掛けられた。
俺の事を名前で呼ぶ人なんてこの店には居ないから、一瞬、呼ばれた事に気づかなかったけれど、視線を感じたから振り向いた。
「や、やっぱり!ヒロ!」
そう言ったのは、緩く、パーマのかかった黒髪に、黒縁眼鏡の男。色気のある垂れ目と、綺麗な鎖骨が目につく。低く甘い声と、その、広めのデコに見覚えがある。
「俺だよ俺!ミキ!有池美貴!」
ゆーち、みき。
「…あ、」
「ヒロ、何でこんなところに居るの!?それに、久しぶり過ぎる!」
ピアノだ。
ピアノのミキ。
「あ―…ミキ?」
「そう、ミキ!ヒロ、久しぶり!」
再会は、働いている楽器店だった。
ミキはピアノの譜面を探しに来たらしい。手には数冊の本を持っていた。
「どうして、ここに?」
「そりゃこっちのセリフだし。俺は実家がこの辺なんだよ。」
「そう、なんだ…。」
まさか、ここで会うなんて…。
「ここで働いていたなんて、知らなかった!」
「…うん、まぁ…。」
実に、5年振りだった。
それでも、ミキの声と、彼の付けている香水は変わっていない。
耳と、鼻が、彼の事を覚えていたらしい。俺の脳内で、湧水のように彼に関しての記憶が溢れ出した。
急に、泣きたくなるくらい、懐かしい思いが込み上げる。
「超心配したんだ!急に学校に来なくなったから!」
「えっと、…ゴメン。」
「連絡もつかなくなるしさ!ジュンも も何も知らないって言うしさ!」
ジュン…あー…あの、歌の上手い…
「まあ、でも、会えて良かった…。」
にこりと、優しく微笑むミキ。
その笑顔に安心感を覚えながらも、俺はどこか不安だった。
じんわり、俺の中で何かが広がる。
それは、胃もたれのように重い。
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