第一話

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爪楊枝に、小さめに切った肉を刺した。 私は、小島 梓、21歳。 至って普通の女の子だ。 だけど、訳あってお金が必要なのだ。 人の心はお金で買えないというが、私の心は今、お金で買えるかも知れない。 しめて1億円あれば、そのお金に全てを捧げていいとさえ思っている。 「いらっしゃいませ。今晩のおかずにどうですか?一口どうぞ。」 お客に差し出す試食品。 食べてくれるお客もいるが、ほとんとのお客は「結構です。」と、通り過ぎて行く。 そんな時、マニュアル通りに梓は言った。 「そうおっしゃらずに。」 一度駄目なら、二度押す。 そして駄目ならあきらめる。 二度目を進めると、そのお客は案外あっさりと試食品を受け取って、それを口に運んだ。 「いかがですか?」 梓がそう訊ねると、お客は苦笑いした。 「うーん、やっぱりレトルト食品ね。」 その言葉で、梓は販売意欲を失った。 (お高くとまりやがって・・・) 心の中はいつも皮肉だらけ。 でも、笑顔で答えた。 「ご試食ありがとうございました。」 その笑顔は、お金のための笑顔だ。 決して、心から仕事を愛しているわけじゃない。
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