第二話

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その日は、久しぶりにぐっすりと眠れた。 朝に目覚ましが鳴るまで、一度も起きる事はなかった。 朝一番で、病院へ向い、寛人から借りた2万円を含めて、料金を支払った。 梓は、目の前が真っ暗だった。 寛人から借りたお金を、どうやって返していこうか。 今だって、ギリギリだ。 寛人はいつでもいいと言ってくれたが、梓はやっぱりすぐにでもお金を返したかった。 色んな事が頭に浮かんでくる。 体を売るのが一番早い気がする。 でも、梓にはそれだけは出来なかった。 派遣されたデパートへ向いながら、無料で配布されている求人雑誌を見た。 しかし、どれもこれも、あまり金額が変わらない。 そんな事を考えながら、今日販売する商品を確認する。 今日もまたウィンナーだ。 ホットプレートの電源を入れて、油をひき、それから一口サイズに切ったウィンナーを焼き始めた。 「アズちゃん、おはよう。」 声の方を向くと、寛人がいた。 「寛人さん、おはようございます。昨夜はありがとうございました。」 梓は丁寧にお辞儀をした。 「ううん、気にしないで。それよりも、顔色だいぶよくなったね。」 「昨日はぐっすり寝れましたから。」 「あのさ、アズちゃんもしよかったら、俺の下で働かない?」 「え?」 思いがけない寛人からの言葉だった。 「お給料は今よりも少し弾むよ。」 寛人の好意は嬉しかったが、梓は人の気持ちなどすぐに変わる事も知っていた。 「寛人さん、ありがとうございます。お気持ちだけ頂いておきます。 今寛人さんに甘えてしまうと、私は寛人さんの好意を失った時、立ち上がれない人間になってしまいます。 だから、ごめんなさい。」 その言葉に、寛人は驚いた顔をした。 「アズちゃん、君のそういうところ、僕は見習わないといけないね・・・ 君の方がよっぽど若いのに、しっかりしている・・・ ごめん、さっきの話は忘れて欲しい。 でも、僕がアズちゃんに女性として好意を寄せている事だけ、覚えておいて欲しい。」 寛人はそう言うと、背中を向けて歩き出した。 大きな背中に飛び込みたい衝動に駆られる。 それでも、人はいつか裏切る。 かつて、父が母を裏切ったように、愛はいつしか消えてしまう。 だから、やっぱり梓は、愛よりも、お金を信じるしかなかった。
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