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寛人への想いを、認めるべきか、認めないべきか。
人を失い、愛を失う恐怖が、梓の心を襲った。
お金!!
もう一度、そう言い聞かせ、販売の用意を急いだ。
どんなに強くなりたいと願っても、強くなれない自分が駄目な人間に思えてくるのだ。
作り笑顔で販売を始める。
「いらっしゃいませ。今晩のおかずにいかがですか?
どうぞ。」
試食品を差し出すと、お客は嬉しそうにそれを受け取り、子供に手渡した。
「どう?」
子供はそれを口に運ぶと、
「おいしい!」
と笑った。
「お姉さん、これ3つ下さい。」
「あ、はい!」
お客は商品を3つ籠に入れて、子供と一緒に進んで行く。
(あの人、食べてないのに・・・)
子供が美味しいと言った言葉を信じて、あのお客は商品を買って行った。
3つ・・・きっと、旦那の分だろう。
幸せな家族・・・幸せな笑顔。
かつては、梓も幸せだった頃があった。
どうして、幸せは年を取るごとに消えていくのだろう。
どうして、大人になると、見たくないものまで、見えてくるのだろう。
それでも、それに打ち勝って行くことが、強い大人になることなのだと、この時の梓には知る由もなかった。
ただ、人を羨むばかりだった。
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