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「そうなんですね。すごーい。」
プライドの高いお客には、とにかく褒めちぎる。
そして、フレンドリーなお客には、フレンドリーに接する。
昼間の仕事が体に響き、なかなかテンションが上がらない時もあるが、梓は彼らをお金の束だと思い、力を振り絞った。
「アズちゃん、ご指名です。」
「え?」
いつもは指名がないのに、今日に限って指名された。
楓がウィンクすると、梓は楓の計らいだと言う事がわかった。
楓は、梓に優しい。
それがどうしてなのか、梓にはわからなかった。
指名が増えると、給料が上がるから、嬉しい限りではある。
梓は、指名を受けたテーブルに向った。
「お待たせしました。アズです。」
そう言って、梓を指名したお客の顔を見た。
「はじめまして、アズちゃん、よろしくね。」
そう言った男の笑顔は、とても優しかった。
男の横に腰掛けると、男は自分の名前を名乗った。
「猪口 寛人(イグチ ヒロト)です。よろしく。」
そう言って、握手を求めてきた。
「よろしくお願いします。」
手を差し伸べて、握手に答えた。
来ているスーツも、時計も、何もかもが高級品だった。
どんなに優しそうな笑顔でも、梓にはその人の人間性など関係なかった。
寛人がお金に見えた瞬間、梓のテンションが上がった。
「アズちゃんって、ちょっと変わった子だって聞いたけど、本当だね。」
寛人はそう言うと、梓を見て微笑んだ。
その笑顔は、普通の精神状態なら、きっと、お客としてではなく、男として惚れるだろう。
梓の心は、母親が植物状態になってから、乾いた砂漠のようになっていた。
だから、人を好きになる余裕などなかった。
母が入院してからというもの、お金が必要な日々が続きすぎて、感覚が麻痺していたのだ。
どうにか寛人の機嫌を損ねずに話が出来たようで、梓はホッとしていた。
「また、指名するからね。」
そう言うと、寛人は帰って行った。
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