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数日経つと、朝から起きていて 意識もはっきりしていた。 呼吸器もマスクでなく、管を 鼻から通されていた。 ある日、昼食を食べ終えた頃に、 あの時の医者がやって来た。 「ご無沙汰してます。あなたの 主治医の寺脇といいます。」 寺脇は、そう言いながら左胸の ネームプレートを示した。女は 静かに頭を下げた。 寺脇は傍らの椅子に座ると、 持っていたカルテを広げた。 それから、少し間を置いてから 一つの質問をした。 「あなたのお名前を、聞かせて 下さい。」 女はその質問に対して「はい」と 言ってから答えようとしたが、 頭の中から何も出て来なかった。 女は次第に頭を抱え出した。 「やっぱり分かりませんか。」 寺脇は、頭を抱えた姿を見ながら 苦い顔をした。 寺脇はカルテと一緒に持って来た 一枚のレントゲンを取り出し、 それを女に見せた。 「これは君の頭のレントゲン写真 だ。分かりづらいかもしれないが 人間のハードディスクみたいな 部分、つまり記憶を司る部分が 損傷してしまっているんだ。」 女はその話を黙って聞いていた。
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