23人が本棚に入れています
本棚に追加
笹川義一郎の妻、朝子。
醜女。
醜く複雑な女だった。
ごつごつして骨張った鰓の出た顔。
細く落ち窪んだ目。
その癖大きな鼻と口。
ひどく吊り合いが悪い。
いかにも頑丈そうな骨太の身体。
怒り肩。
浅黒い肌。
顕らかに
美とは掛け離れていた。
朝子はわたしを嫌っていた。
いや、嫌おうとして居た、が正しいか。
わたしは華族らしい、涼やかで調った顔立ちをして居た。
そして何より優美を、風雅を兼ね備えていた。
10歳の時にはすでに品格を自覚して居た。
わたしは商人の息子に成る気は毛頭無かった。
誰に何と言われようが自分の中の規律しか守る気は無い。
既に形成され切って居る美観を起因とした行動しかしない。
その癖、気紛れで下々の者とも戯れたりもした。
言い付けを一つだって守ろうとはしないわたしを朝子は躾け、叱ろうとしたが
わたしの、生まれたばかりの仔犬の様に潤んだ瞳に見つめられた時、朝子は無力だった。
朝露の様に純然たる無垢な美に、為すすべ無く屈する朝子には
ありありとした
屈辱と苦難が見えた。
憎むべきわたしを朝子は嫌おうとしたが、心底では愛さずには居られなかった。
葛藤に苛まれ、醜い顔を更に歪ませた。だからこそわたしは、この滑稽な義母に心惹かれた。
実母以上に。
最初のコメントを投稿しよう!