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脇見事故を起こしたのは置いといて……今のうちの体勢は女としてすこぶるヤバい!!
前転を半分までしかけて途中で止まってしまった格好。
後頭部を床につけ、背中を接触したものに当て、お尻が上を向いていて……。
辱めの格好だよ!? こんなん誰かに見られたらもう嫁にいけねえよ!!
慌てて体勢を直そうとした時、目の前に恐ろしい物が表れて
「いい度胸しているね」
ゾッとする声がした。
思考も動きも凍りつく冷ややかな声に嫌な汗が額に流れ、停止した思考が必死に逃げろ!! と命の警告を鳴らす。
逃げたい衝動に駆られているというのに体はいうこときかず、唯一動くのは目だけ。
恐る恐る目を動かして視界に入ってきたのは刀の切っ先で、あまりの近さに息を呑んだ。
そして次に刀を向ける人物に目をやって……背筋が凍りつく。
その人物は艶やかな長い黒髪を頭の高い位置で結い、長身で黒い着物を身に纏っていた。
綺麗、といえる程整った顔のその人には、妖艶という言葉がよく似合う。
普通なら初めて見る絶世のイケメンに見とれるところだけど、切れ長の目は光が届かない程深く、どこまでも冷たかった。
その目に捕らわれて、自分が斬り殺される嫌なイメージが頭をよぎって。
心の底から怖いと思えた。
これ程までに誰かに恐怖を抱いたのは初めて。
でも恐怖という感情を忘れ去る程のものを見つけてしまった。
「泣く程怖い?」
目は一切笑っていない笑み。
それを見て深まるのは…………。
この人、なんて悲しそうなんだろう。
この人の冷たい目には喜びも楽しみも……幸せなんて暖かな光は少しも無かった。
それに気づいてしまったら、知らず知らずのうちに涙が一筋頬を伝っていた。
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