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そう言って、右手の指が服の裾から腰を撫でて動く。
『やめろって。こんな時に。』
「いいじゃん。だって亀逃げんだもん。」
『っ、』
ばれてた…。
「せっかくの恋人との再会を、喜ぶ素振りすらなく飯作るなんておかしいでしょ。」
『別に…、いつもそんなんだろ。』
「いーや、違うね。亀は今日みたいに、俺が勝手に部屋の中にいるの見ると“なんでここにいんの?”とか冷たいこと言いながらも、顔が嬉しそうににやっとするし、俺の隣りに来てくれるじゃん。」
『…にやっとなんかしない。』
「する。亀はムッツリスケベだから。」
『は?ムッツリスケベなんかじゃねぇし。それならお前の方だろ!!』
売り言葉をまんまと買った俺は、いきおいよく振り返ってしまった。
いくら暗い中だからと言って、目はもうだいぶ慣れてきているし、これだけ近いと顔もよく見える。
「お、やっとこっち見た。」
『……、』
仁だ。
仁がいる。
「何、もう俺の顔忘れたの?」
『………ひげ。』
「…え、何それ悪口?」
『…げじまゆ。』
「は?いや、言っとくけど俺の眉毛は決してげじまゆではないですー。」
『……27。』
「……もう悪口でも何でもねぇじゃん。ってか今の悪口なら世界中の27歳の方たちに謝れ。」
馬鹿な会話にふっと笑った。
…仁だ。
仁がここにいる。
『…久しぶり。』
「ん。さっきも言ったけど。」
『…おかえり。』
「ただいま。」
『……おかえり、じん。』
そう言うと、仁は何も言わずに笑うだけだった。
それだけなのに、俺は急に泣きたくなって、ああまた仁に甘えちゃう、なんてわかってたけどもう遅かった。
ただ、目の前の人をもっと感じたくて、腕は仁の背中にまわり、頭は仁の肩に押しつけた。
もう、この体温を忘れないように、痛いくらい、強く。
「まいってる時くらいさー、頼ってくれてもよくね?恋人っていうのは支え合うもんよ?」
電話でも、そんなことは何も言ってなかった。
だけど一緒にいた時間が長すぎるから、ちょっと離れたぐらいでは、この恋人には叶わないのだ。
『…そうだっけ?ほっとかれすぎて、そんなの忘れてた。』
そう意地悪を言うと、仁は少し気まずそうに頭をかいて苦笑いする。
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