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「土方に報告書?
だったらその辺に重ねて置いて」
だが、受け取る気力もないので、私はその辺と書類のある辺りを指す。
「これ全部やるの?
大変だね、葉桜さん」
「そう思うなら手伝っていけ」
「……俺、これから巡察なんだ」
ごめんねと申し訳なさそうに言い残し、机に突っ伏す私から藤堂の気配が離れていった。
巡察なら仕方ないけど、とそのままの体勢で、私は目を閉じる。
次に来た奴に全部やらせて、私はそれまで少し眠ろうと決めて。
土方の香は私にとって意外と便利で、ここで寝ると寝覚めも良さそうな気がする。
悪夢とは無縁そうな、気がする。
涼しい薫りの中に僅かに混じる、甘い気配に背筋がぞくぞくする。
それは嫌な感じではなく、とても心地良い感覚だ。
遠い昔、芹沢と一緒に話をしたりしていたときみたいな感覚に似ている。
「なあ、いつまでいられるんだ?」
芹沢は最初は父様の道場に来た、道場破りとして会ったから、私は大嫌いだった。
だけど、話してみると意外と面白くて、しかも自分の知らないことを一杯知っていて、次はどんな話をしてくれるのかが毎日楽しみで仕方がなかったのは今でも覚えている。
芹沢との稽古も楽しいけど、知らない話を聞くのが一番楽しくて、私は稽古の後にせがんではいろんな話をしてもらった。
「なんだ、葉桜は俺にいてほしいのか?」
変な奴だな、とぐりぐり頭を撫でられるのが私は気持ちよかった。
「ああ、もっといろんな話を聞かせてくれ。
あんたの話はとても面白い」
芹沢は片方の口の端だけを上げて笑い、それから決まって私を膝の上に乗せ、遠くを見るように話してくれた。
「今日は……そうだな。
葉桜、天狗をみたことがあるか?」
「天狗の話なら知ってるぞ。
父様が話してくれた」
両手の握り拳を鼻の前に繋げてみせる。
「悪さして、神様に鼻を引っ張られたせいで鼻が伸び、痛さで顔が真っ赤になったんだろ?」
知ってるぞと私がひらべったい胸を張ると、芹沢には小馬鹿にしたように鼻で笑われる。
「はっ、お前、そりゃウソだ」
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