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「うそなものか。
父様が私にウソをつくわけないだろう」
あの頃も今も私には父様が世界の全てだったから、父様から聞いた話を嘘だと言われて、さすがに渋面した。
だが、芹沢は私を無視して話をすすめる。
「いいか、天狗ってのはな……」
「こら、私の話も聞けーっ」
夢の淵にいた私は覆いかぶさる影に、とっさに剣を抜く。
直ぐ目の前、一寸もない間合いで私をのぞき込んでいた男は、それを見て口元だけ楽しそうに笑う。
大石の目はかすかに狂気が見え隠れする気がして、私は好きではない。
「お前は書類整理とは無縁だな、大石」
「残念、葉桜さんって意外と警戒心強いんだね」
「当たり前だろう。
お前みたいなのが多いからな」
大石の小さく笑う様子に、私はため息を吐く。
いくら寝ぼけていたとはいえ、剣を向けるのは私もやり過ぎだ。
鞘に収め、ふっと息を吐く。
どうせ大石も土方に報告書を出しに来たのだろうが、手伝ってくれるはずもないのだから、さっさと追い返してしまうに限る。
「報告書ならそこにおいて」
ドンドン溜まっていく面倒を見るのも嫌なので、奥にある枕を取りに行くため、私は大石に背を向けた。
あとで書類の山が見つかったところで、現在私を怒るような人物はいない。
近藤にだって、私は文句なんて言わせない。
なんといっても私にこの仕事を押し付けたのは、近藤なのだ。
土方がいない間の仕事を私にやらせるように、土方と話していたらしいと山崎から聞いている。
私が枕を持って戻ると、大石はまだ部屋にいる。
「なんだ、相談事なら近藤さんにいってくれよ。
そこまでやる気はないんだからな」
大石が入隊以来、土方に度々相談事をしているのは知っている。
内容までは興味のないので知らないが、私はなんとなく大石に手を貸す気になれない。
「葉桜さん、あんた、俺のこと嫌いでしょ」
これも相談事に入るのだろうか。
気にはなるが、そんなことに私が答える義理はない。
だけど、嘘をつく理由もごまかす理由もない。
「ああ、大石は血の臭いがするからな。
お前といると落ち着かない」
「ふ~ん」
近寄ってくる気配に私が全身で抑えた殺気を放っても、大石はクスクスと笑いながら足を止めない。
「俺は葉桜さんみたいなの好きだけどね」
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