桜雲

5/5
前へ
/5ページ
次へ
  冷たい風が、物寂し気に秋の音を奏でている。 はるか高くまで澄み渡った秋空の下、彼女はベンチに座っていた。 覚えている、このベンチで、彼女とたくさん話をした。 あの頃の君はずいぶん思いつめているようで……。 僕は君の、力になれたのかな。 ベンチに座った君はゆっくり、穏やかな口調で話し出す。自分のこと、最近のこと、未来のこと、そして、僕のこと……。 周りには誰もいない。もしかして僕に、気がついているの? ねえ、大好きだよ、と。 ぽつりと彼女は呟いた。 本当に、愛おしそうに。 涙が、込み上げてきた。 止められなかった。 ありがとう、こんな僕を、今も好きでいてくれて。僕も大好きだよ。言うまでもない。本当はもう少し、君と……。 少しぼやけた視界に、立ち上がる彼女が映った。 ねえ、聞こえてる? 私は、大丈夫よ……。 やっぱり少しぼやけたままの彼女は、そんなことを囁いた。 聞こえてる。聞いてるよ。 そうだね、君なら心配しなくても大丈夫。 僕がいなくなっても、うまくやれている。 これから君がどう変わろうと、僕はずっと君を想っているから。 だからどうか、幸せに生きて。 ――さようなら。 僕は風になり、彼女を明日の方向へ送り出す。強い風に背中を押され、君は速足で歩き始めた。 そして最後に僕は、大好きな君の、穏やかな笑顔を見た。  
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加