博士

4/4
前へ
/4ページ
次へ
 そして、その試みは成功した。自分の理想とする人間が、目の前で静かに息づいた。  世界が少し、広くなった。  彼女との生活は、更にこの家での生活を充実させた。  今ならはっきり分かる。あの正体不明のもやもやが、孤独から生まれた寂しさなのだと。  彼女と生活してから数日が経った頃、ふと家の中を見渡して、あることに気づいた。  あの今洗ったばかりのコップ、壁にかかっているその白い正方形の時計、そして今履いているこの群青色で無地のスリッパ、それらは全て不完全な物、ということに。  有り得ない。何でこんなものを、完璧だと思ったのか。  コップはよく見ると歪みがあり、時計は右上の角が少し欠けている。極めつけは、このスリッパ。汚れもあり、左右非対称だ。こんなものを履いていたのかと思うと、ぞっと鳥肌が立った。  すぐに、捨てよう。  急いで、足を消毒しよう。  頭の中はその言葉だけがぐるぐると回っていた。  あれからまた半年ぐらい経った。その頃になると、この世界はこざっぱりしたものになった。  不完全な物を見つけては、壊し、捨ててきたからだ。だから、家の中の物は段々と少なくなった。しかし、それに比例するように、この世界はより完璧に近づく。  だから毎日毎日、家の中を見て周り、不完全なものを処分している。  しかし一通り処分したと思っても、数日経つとまた現れる。だから、ここ最近は、そのパトロールに忙しい。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加