二章・父と夕日

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 僕は産まれも育ちもこの村で、気づけば幼馴染の女性と結婚。  昔から絵を描くことが好きで、高校を卒業した後は専門学校に通い、今に至るというわけだ。  でも、現在僕の妻はいない。  夕日が産まれた数日後に姿をくらませてしまったのだ。  村の連中は『天狗様に連れて行かれたのだ』とか言って僕を羨ましがったが、それは愛する人を失ったことがないから言えるのだ。  実際、数年前に夫を亡くした未亡人の近所のおばあさんは自分のことのように悲しんでくれた。  人は実際に体感してみないと痛みや悲しみを理解できない。  君の気持ちは痛いほど分かる、とか言う人もいたが、それなら同じ状況に陥ってみろ、と言ってやりたくなる。  もし突然、お前が用事で村にいない間に愛する人が消えたらどうする? と。  天狗様に連れて行かれたのが良いことだと言えるのは、自分に関係が無いからじゃないのか? と。  でも、そんな怒りを誰かにぶつけるのはお門違いだと思った。  なぜなら、生まれも育ちもこの村な僕も天狗様を信仰しているからだ。
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