たとえばこんなプロローグ

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朝起きて、顔を洗って、歯を磨いて。 身支度を整えて、朝食をとって、家を出る。 何度、何日、繰り返したかわからないルーティン・ワーク。 単調。だがしかし安寧な時間であった。 家屋はある種無敵の要塞だ。 敵の攻撃を完全に防ぎ、己の身の安全を保証してくれる。 だから外出するということはそれ即ち、天敵だらけのジャングルに、生身で飛び込むようなもの。 道を歩いているだけで刺すような視線を感じたり、陰口が聞こえてくることなど日常茶飯事。 悪いときには小石が飛んできたり、最悪自動車に跳ねられかけたこともあった。 つまりはまさしく四面楚歌。 味方など一人たりともいなかった。 しかしそんな世界で生きてきたからこそ、平穏……いや、幸福への憧れは膨らみ続けた。 道ですれ違う、笑顔満点の少年少女達。 はたして自分にもあんな顔ができるのだろうかと。 本当は、逃げ出したかった。 たとえ無敵の要塞があったとしても、こんな世界でいつまでも生活していくことなど耐え難かった。 もっと遠くへ。自分の知らない、幸福の存在する遠い世界へと旅立ちたかった。 もちろん恐くなかったわけではない。 しかし、もしどんなに遠くへ行っても、幸せなど存在しえないとしたら。仲間もいない、家もない。 その時そこにあるのは絶望……いや、虚無だ。 前も後ろも右も左もわからない、チリにも等しい虚しき一固体と成り果ててしまうに違いない。 正直、鳥肌が立った。 自分が自分でなくなってしまうという現実は、想像しただけでも吐き気を催すようなものなのだ。
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